世界一のクルーザーブランドは、なぜ電動スポーツバイクを作ったか。
ハーレーが電動バイクを作った理由
ハーレーダビッドソンが電動バイクを作る――。世界的な排出ガス規制の強化など、バイクを取り巻く環境は厳しく、言わずと知れた米国を代表する二輪メーカーのハーレーが電動バイクを手掛けるのは当然の流れ……、かもしれないが、本当に理由はそれだけだろうか?
ハーレーと言えば伝統的な大排気量のV型2気筒エンジンを搭載するクルーザーのブランド。そこに最大の魅力と憧れを感じ、手にすることを夢見るライダーも多い。それだけに、大きな企業として新たなチャレンジは必須ながら、その難しさも十分に承知しているはずだ。そんなハーレーが、いわゆる電動コミューターだけでなく、本格的な電動スポーツバイクの開発、そして販売に先陣を切ったのは、ある意味で脅威である。
ほとんど前例のない、プロトタイプの試乗会
「プロジェクト・ライブワイヤー」が始動したのは2014年。いち早くプロトタイプを公開。翌2015年にはマレーシアのセパンで、世界中のハーレーディーラーのスタッフやユーザーを集めてプロトタイプの試乗会を行った。しかし、新型車のお披露目ならともかく、また限られたジャーナリスト向けでもない“プロトタイプの試乗会”を大手バイクメーカーが行うのは、異例中の異例だろう。
その試乗会の参加者たちの多くは、そもそも大排気量Vツインに慣れ親しんでいたこともあり、初めて体感する電動バイクに厳しい意見も飛び交った。
クラッチ操作が無用のイージーライドは、本来はメリットのはずなのに「クラッチを一瞬切って車体を寝かせることができない」とか、「いちいちスロットルをガバガバ開けないと動かず、しかも無音なのでどれだけ開ければ良いのかわかりにくい」等々……。「内燃機関の爆発や鼓動が感じられない」、そして「速くて乗りやすいけれど、自分がハーレーに求めているのはスピードだけじゃない」という、極めて根本的な意見も出たという。
同時期にハーレーは、大規模なアンケートも行った。「ハーレーが作る電動バイクはどうあるべきか?」という問いに対し、同社が作り続けてきたクルーザーではなく、スポーツタイプに乗ってみたい、という答えが多かった。そう、誰もが「ハーレーに代わるモノ」を望んでいるのではなく、「新しいハーレー」の誕生を期待していたのだ。
電動バイクに継承される「ハーレーらしさ」とは
そして2019年、ついにライブワイヤーが完成した。一見するとデザイン的にはプロトタイプから大きく変わったようには見えず、ビキニカウルが追加され、フロントのミラーとウインカーがコンベンショナルなタイプに変更されたくらい、と思える。しかし実際は「プロトタイプとは何ひとつ同じパーツはない」というほど、徹底的にブラッシュアップし、パフォーマンスも乗り味も完成度が高まっている。
フレームに抱かれるリチウムイオン電池を収めたアルミ製のハウジングには冷却用のフィンを設けるが、これは空冷Ⅴツインのオマージュともいえる。電動モーターはマシンの心臓であることを主張するシルバーのケースに収まる。あえて“縦置き”に搭載し、駆動力を後輪に伝達するために、ベベルギヤを介して回転方向を90度変換している。そのため、速度を上げるとモーターの回転音の上昇とギヤ鳴りがミックスしたサウンドを発する。もちろんⅤツインエンジンとはまったく異なるが、ライダーが感じる音にもこだわるハーレーならではの演出である。
趣味としてのバイクの未来を切り拓く
ライブワイヤーはⅤツインエンジンからの転換ではなく、ハーレーという大樹の“新たな幹”であり、ここからさらに枝葉が広がっていくに違いない。もしかするとそう遠くない未来には、ガソリンを燃料とする内燃機関を積んだバイクに乗れない時代が来るかもしれない。しかし、ガソリンエンジン車に乗れないから電動バイクに乗るのではなく、“電動バイクが楽しいから乗る”という気持ちになれなければ、趣味としてのバイクの未来が閉ざされてしまう。だからこそハーレーは、先陣を切って電動スポーツバイクのライブワイヤーを作った。新たな時代を開拓する精神は、まさにハーレーの存在意義であり、大げさではなくバイクの歴史に記されるべき偉業である。